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奈良地方裁判所 昭和40年(む)42号 判決 1965年2月24日

申立人 医療法人療福会

右代表者理事 甲谷松太

決  定

(申立人、弁護人氏名略)

右被申立人等のなした昭和四〇年一月二四日の捜索差押処分に対し申立人から準抗告の申立があつたので、当裁判所は審理のうえ、次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件申立の趣旨は、被申立人等が昭和四〇年一月二四日、桜井簡易裁判所裁判官和田竜太郎の発した捜索差押許可状に基いて申立人の経営する大福、初瀬、桜井の三診療所及び荒木健、朴尚圭、小東勝の各自宅において押収した物件中別紙記載の物件についての押収を取消す、との決定を求める、というのである。そしてその請求の理由は、要するに(一)昭和四〇年一月二四日詐欺被疑事件につき医療法人療福会の経営する桜井市内の大福、初瀬、桜井の三診療所及びその他の箇所において奈良県警察本部宮川警備課長指揮の下にカルテ約三五〇枚、被保険者証、小切手帖、金銭出納帖、メモ類、印鑑等二〇〇〇点を越える物件が押収されたのであるが、それらの押収は、被疑事実自体に即して捜査上必要とされる合理的限界を越えて、不法に拡大して為された強制処分であつて、憲法第三五条刑事訴訟法第二一九条第二二二条第一〇五条第一一〇条第一一四条に違反するものである。カルテ、診療報綴、麻薬処方箋等は明らかに医師の他人の秘密に関する書類であつて、刑事訴訟法第一〇五条により医師の押収拒絶権が保障されているにも拘らず本件執行については同法第一一二条を濫用し、執行当日たまたま不在であつた診療所長の立会を拒否し、前示拒絶権行使の機会を剥奪した。しかもその令状の呈示は単なる形式的なものに過ぎず、被疑者は何等その内容について認識するところがない。以上のように、本件押収処分は憲法及び刑事訴訟法に違反するものであつて、その取消を免れない。(二)本件被疑事件は医療法人療福会が国民健康保険診療報酬請求手続において昭和三九年四月分中農業を営むA某の治療費を五百数十円水増請求したというものであるところ、本件において押収されたものは、アカハタ、日記、出勤簿の類まで含めて二〇〇〇点を越えるのである。その中には出勤簿のような本件に無関係なものもあり、カルテが施療上必要かくべからざるものであり、金銭出納簿、当座預金帖、印鑑等が医療法人の運営上不可欠のものであることは明らかである。以上の各理由により押収物件中別紙記載の物件につき押収処分の取消を求める。仮に百歩を譲つて、それらの物件が捜査上必要な物であるとしても、押収されて以来一ヶ月に近い日時を経ており、容易に複写可能の筈であるから、この点からも、それらの物件について押収処分続行の必要はない筈である、というのである。

よつて捜索差押許可状請求書、捜索差押許可状その他の本件資料及び本件捜索差押処分を執行した司法警察員たる被申請人等に釈明を求めた結果について検討し、本件請求の当否を判断する。

当裁判所の審理の結果によれば、桜井簡易裁判所裁判官和田竜太郎が昭和四〇年一月二三日発した各捜索差押許可状に基き、その翌一月二四日被申請人たる司法警察員吉竹誠一が班長となつて桜井市初瀬町二四二五番地の六療福会初瀬民主診療所及び附属建物において、同じく司法警察員山岡正雄が班長となつて同市大福二四〇番地の一療福会大福民主診療所及びその附属建物、同診療所内療福会事務所及び同会が使用する同診療所内各部屋において、同じく司法警察員森村孝己が班長となつて同市大字粟殿五一三番地療福会桜井民主診療所及び附属建物で、それぞれ別紙物件目録記載の物件その他の物を差押えたこと、その捜索差押の執行に当つては、それぞれ初瀬診療所の分については医師勝見幸一、職員松田美智子、同白石八重子が立会い、大福診療所の分については医師田中武夫、消防士長辰已安信、療福会事務総長甲谷松太が、桜井診療所の分については宿直員南守、同所の家主林秀吉が立会い、その立会責任者に対しそれぞれ捜索差押許可状が適法に示されたことが認められるのであつて、所論のような刑事訴訟法第一一〇条、第一一四条違反は認められず、また所論のような、殊更に前示押収につき診療所長の立会を拒否して同人の医師としての業務上の秘密に関する押収拒絶権行使の機会を剥奪したというような刑事訴訟法第一一二条の濫用も同法第一〇五条違反も認められない。次に本件押収は被疑事実自体に即して捜査上必要とされる合理的限界を越え、不法に拡大された範囲の物について実施されたものであつて、憲法第三五条、刑事訴訟法第二一九条の趣旨に違反するものであるとの所論につき判断するに、本件各捜索差押許可状における罪名は詐欺であり、その差押えるべき物は一、国民健康保険被保険者の診療録、その他診療に関する文書、簿冊、メモ等。二、診療報酬請求に関する文書、簿冊、手帳、メモ、原稿、ゴム印、認印等。三、診療明細書(受領書を兼ねるもの)控、その他診療報酬受領に関する文書、簿冊、メモ等。四、現金出納簿、小切手帳及びその控、預貯金通帳、その他金銭出納、預金出入に関する文書、簿冊、メモ、手帳等。五、療福会との間における診療料金徴収その他業務、財政に関する往復文書等、六、療福会の金銭出納等その他所属診療所との金銭授受に関する文書簿冊等。七、療福会関係の定款、規約、役職員名簿等、組織、構成、事務分掌、職務権限に関する文書、簿冊、メモ等。八、療福会関係職員の出勤簿、出張命令簿、その他勤務状況を明らかにする文書、簿冊等。九、療福会の運営、実態を明らかにするための業務日誌、文書収発簿、会議録、診療所間の往復(連絡)文書、簿冊、メモ等。一〇、その他本件に関係があると思料される一切の文書及び物件等と記載せられている。そして捜索差押許可状請求書に記載せられている被疑事実の要旨は、いずれも医療法人療福会初瀬診療所勤務の医師である荒木健、朴尚圭及び同診療所の事務長小東勝の三名は共謀して架空申請による国民健康保険診療報酬の詐取を企て、昭和三八年一二月一日より同三九年一二月三一日までの間、国民健康保険被保険者中森純一外一三名に対する診療報酬名下に架空の診療報酬計約一万五、六〇六円を騙取したというものである。従つてそれら捜索差押許可状の記載事項及び同許可状請求書における被疑事実によつて捜索差押の対象物件の範囲が制限されることは勿論ではあるが、本件については、その範囲が前示国民健康保険の被保険者一四名に関するものに限られるものと判断してはならないのである。何となれば、前示被疑事実は医業という業務上における継続的犯罪であつて、それらは包括的一罪を構成するものとして把握されるべきものであつて、被保険者一人ごとに一罪が成立しているものと解すべきものではないから、その包括一罪の範囲内の被疑事実については、その被保険者が右一四名以外の者であつても、その被疑事実の捜査のためにも、前示捜索差押許可状によつて捜索差押をなしうるものと解しなければならないからである。本件押収に先立つて既に約三〇〇名の国民健康保険被保険者を対象とする詐欺被疑事実の裏付け捜査が出来ており、これら約三〇〇名と他の国民健康保険被保険者で本件詐欺の対象とされたと推測されたものとの合計三五三名の被保険者のカルテ(国民健康保険診療録)その他の物件が押収せられたのであり、その押収にかかる別紙物件目録記載の各物件については、それぞれ前示の如く捜査の対象となり且つその捜査のために前示捜索差押許可状に基いて捜索差押をなしうる範囲内の被疑事実と同物件との具体的関連を逐一判断してその差押えの必要性を合目的的に認定してその差押が実施せられたことが認められるのであり、その差押は前示捜索差押許可状並びにその許可状請求の基礎となつた被疑事実による制約を逸脱したものと考えられないのであつて、所論のような憲法第三五条刑事訴訟法第二一九条違反は認められないのである。そして本件押収後においては、その押収物件中引続いて押収を継続する必要のないものは仮還付せられ(別紙物件目録中の物件にも仮還付せられたものがある。)現に押収を継続されているものは、捜査のための必要(この必要性の判断については、それが合理的に妥当な以上は、反証のない限り捜査官の自主性を尊重せざるを得ない。)上、その押収を解くことができない状況にあるものと考えられるのである。所論は本件差押え後相当の日時を経ており、それらの押収物の複写も容易にできるのであるから、それらの押収を継続する必要はないのみならず、それらの物件中には医療法人たる療福会にとつては、施療上必要な物も、その運営上不可欠の物もあるというのであるが、それらの押収物中には、その作成者の同一性を知るために、その筆跡、インクの色調等が捜査の対象となつている物(例えばカルテの一部)があり、複写できればその現物を一応仮還付しても差支えを生じないと認められる物もあるが、これらを総べて複写するには相当多額の費用を必要とし、その費用を償うことは困難のようであるから、今直ちにこれらの物件につき押収を解除することを強制することはできないのである。なるほど本件押収物件中には、医療法人療福会に取つて必要な物件のあることは推測に難くないが、事情が右のとおりである以上、療福会としては、緊急の必要には押収物につき複写または謄写する等の方法により急場をしのぐ外なく、捜査官も捜査にさしたる支障のない限りそれらの措置を拒むものとは考えられないのである。以上の理由により別紙物件目録記載の物件に対する本件押収については違法な点はなく、これらの押収の取消を求める本件請求は理由がないから刑事訴訟法第四三二条第四二六条第一項により本件抗告を棄却する。

(裁判官 塩田宇三郎)

(物件目録 略)

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